先輩たちに聞きました

先輩たちに聞きました

我妻 哲也

※リクナビ2017年インタビューより(2016年2月当時)
プロフィール
制作本部 第一制作部 部長 演出・ディレクター
埼玉県立越谷北高校出身

我妻 哲也

これが私の仕事『とにかくおもしろいことを考えて映像化する!』

私の仕事はバラエティー番組を制作するディレクターです。
仕事内容は企画提案に始まり、その企画を実現するためのリサーチ、それを元に台本を作りロケやスタジオでの収録を行い、最終的なVTRに編集するまでの全てに関わります。番組作りはゼロからスタートし無事に放送されるまでには長い時であれば半年以上かかるようなこともあります。
ひとつの企画が決まれば、視聴者が「おもしろい!」と感じてもらえるようにするにはどんなVTRにすれば良いかを徹底的に考えます。
バラエティー番組のロケでは特にお笑い芸人さんと一緒に仕事をする機会が多く、時にはロケ現場で芸人さんともアイデアを出しあい、いかにおもしろくできるか考えたりすることもあります。そんな撮影の中で、台本にはない予想を超える笑いが生まれる時があり最高に楽しい瞬間です。

だからこの仕事が好き!一番うれしかったことにまつわるエピソード?
『「おもしろい」と言ってもらえた時』

3年前に新しい番組の立ち上げに携わりました。その番組の中で電車マニアの芸人さんが地方の電車に乗って旅するコーナーを担当しました。徐々に放送を重ねると、ロケをしている時に地元の方たちから声をかけられるようになり、番組を見てもらえていることが実感できて嬉しかったです。
また、そのコーナーのグッズを作り、販売イベントをした時にも多くのお客さんが会場に来てくれたことも嬉しかったです。
視聴者の方はもちろん、一緒にロケをしている芸人さんにも「この間の放送おもしろかったよ」と言われる時などは頑張った甲斐があったと苦労が報われます。
多くの人に自分が作った番組を観てもらえることはテレビ番組の制作者として最大の喜びです。

ズバリ!私がこの会社を選んだ理由!ここが好き
『若い社員が多いことで、自然とやる気がUPする』

若い社員が多いので、古い考え方にとらわれずに仕事がきること。
クリエイティブな仕事なので、若い感覚から刺激を受けられ、モチベーションにつながります。

先輩からの就職活動アドバイス!

仕事は楽しいことばかりではなく、辛いこともあります。それでも自分が好きなことなら一生懸命になれるはず。
そんな仕事を見つけてください!

※2016年インタビュー

先輩たちに聞きました

北條 学

※リクナビ2017年インタビューより(2016年2月当時)
プロフィール
制作本部 第一制作部 制作一課 アシスタントディレクター
2015年入社
独立行政法人水産大学校出身

北條 学

これが私の仕事『アシスタントでもディレクターはディレクター』

AD(アシスタントディレクター)の仕事は、企画が生まれるところから番組が放送されるまで全てに関わる仕事をします。
つまりADは、ディレクターやプロデューサーはもちろん、技術・美術・照明を始め、編集のオペレーターや作家さん、そして出演者の方まで番組に関わるほとんどの方と話し、番組づくりの軸になっていく仕事です。
その分、仕事の幅も責任も大きいですが、番組が放送された時の達成感は、どのスタッフよりも大きいのがADかもしれません。
また、ADもアシスタントとはいえディレクターです。自分のリサーチした情報やロケ場所で演者さんが盛り上がり、放送で話題になれば嬉しいものです。
他の仕事では味わえないような経験、見ることができないような景色を見られる、やりがいに溢れた仕事だと思います。

だからこの仕事が好き!一番うれしかったことにまつわるエピソード?
『責任を背負って初めて味わった達成感』

自分が初めて担当した番組が最終回を迎えた際、最終回予告VTRを担当させて頂ける貴重な機会がありました。
その番組に関わった多くの人の思いが詰まった最終回なので、チェックして頂く先輩ディレクターの方々や演出の方も厳しく、多くの指摘を受けながらがむしゃらに作り上げました。
最終回予告が仕上がったとき、担当ディレクターに「やったな」と言って背中をバシッと叩いて頂いた時、本当に嬉しくて感極まりました。放送まで多くの先輩に迷惑をかけ、何度も叱られましたが、この時の達成感は忘れられません。

ズバリ!私がこの会社を選んだ理由!ここが好き
『「あの番組をやりたい!」→「あの人達と働きたい!」』

決め手は1つ、就職活動で関わった社員の方々が皆「楽しくて温かい人達」だった事です。
私が極東電視台の新卒採用募集にエントリーしたきっかけは、極東電視台が「モヤモヤさまぁ~ず2」を制作しているからでした。しかし、就職活動を始めて極東電視台の会社説明会や面接を受けるうちに「あんな番組をやりたい」という気持ちが、「この人達と一緒に働きたい!」という気持ちに変化していきました。
楽しい番組を、真剣に楽しんで作る「必死なバカ達」と、メリハリを持って働けるこの環境が好きです。

先輩からの就職活動アドバイス!

この仕事がやりたい!という思いから一歩進んだ「この仕事を“この会社で”やりたい!」という思いの方が面接官にはより伝わると思います。
「自分はなぜこの仕事がしたいのか」それが固まったら、次は「どの会社でどんな人と働きたいか」を考えてみると、より思いは高まり面接で話す言葉に熱が入ると思います。使い古された言葉を並べるよりも自分の言葉にいつも新鮮さと熱さが出るようにまずは素直に喋れる本当の思いを持つ事、これが大切なポイントの一つだと思います。

※2016年インタビュー

先輩たちに聞きました

栗原 憲也

プロフィール ※2016年2月インタビュー当時
制作本部 第五制作部 制作二課/演出・ディレクター/
2014年入社
フリーのディレクターを経て2014年に中途入社。
業界歴は25年。ディレクター暦20年のベテラン。
現在は日本テレビで「マツコ会議」や
「あのニュースで得する人損する人」、
「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」などの演出を担当。

栗原 憲也

ディレクターの新たな道。こんな楽しい仕事はないですね。

私は高校3年の時にこの仕事をしようと決めました。
文化祭で友人たちがテレビ番組の真似事をしていました。それは当時大人気番組だった「ねるとん紅鯨団」。今で言う“合コン”みたいなものですね。
それを編集して文化祭で公開するというもの。「こんな仕事あるんだ〜」と。カッコよく言えば“運命の出会い”みたいな感じです。
その時気付きました。テレビって映画と違って誰でも簡単に、しかも無料で観られるもの。家族揃って、ご飯を食べながら観られるもの。みんなで笑いあって観られるもの。喧嘩してもいつの間にか一緒に笑って観られるもの。
そう、一家団欒の中にいつもテレビがあることに。
自分の作ったテレビ番組を観て、一瞬でもいい、笑ったり泣いたり…
『どんな家庭にも笑顔を』と。
その後専門学校に進学し半年間通ったが、講師のディレクターの方の話を聞いて、早く現場に行きたいとの思いで専門学校を辞め、アルバイトでADを始めました。それから数十年も経ちましたが『どんな家庭にも笑顔を』という思いは今も変わっていません。

現在携わっている「マツコ会議」(演出 兼 出演?)では毎収録、マツコデラックスさんの隣に座って進行しています。また、それを自分で演出&編集することもあります。
ちなみに自分が編集した放送回は自分の出演部分が少ない気がします。
やっぱり自分が変に映ってる部分はカットしちゃうんでしょうね。笑
「マツコ会議」は以前放送していた「マツコとマツコ」という番組の繋がりで、その番組ではマツコロイドの操作をしていました。これがかけがえのない経験、忘れられない番組となりました。
最初は「なんでディレクターの俺が技術的なことをするのか?」と疑問に思っていましたが、やっていくうちに「これは技術じゃない。マツコロイドの演出をしているんだ」と思うようになり、ディレクターの新たな道を見つけた気がします。
マツコさんの言葉に合わせて笑ったり悲しんだり…、時には動きだけで観客を笑わせたり…。その場にいる演者(マツコロイド)をそのままストレートに演出できるんです。
ディレクターとしてこんな楽しい仕事はないですね。
そんな中一番嬉しかったのは、マツコさんにマツコロイドの動きを褒められたこと。
操作している自分にしかわからない感情だと思います。

kurihara

その他にも『ルーヴル美術館』を貸し切って撮影したことや絶対にプライベートでは行けない海外ロケなど楽しかった思い出は沢山あります。笑

それでも辛かったこと、辞めようと思ったこともありましたね。
新米ディレクターの時に生放送で遅刻した時。
今みたいに携帯電話が普及していなかったので、連絡不能な状態でした。せっかく「信頼」され、その仕事を任されたのに、先輩たちの期待を裏切ってしまい、いろんな人に迷惑をかけてしまいました。かなり落ち込み、もう無理だと思いました。
しかし、1回のミスで辞めたら一生悔いが残ると思い、以来その信頼を回復しようと必死になりましたね。なので、今でも遅刻にはシビアで、時々ADより早く来ちゃってADを困らせることもしばしば。笑

経験は全て財産になる。勉強も、遊びも、もちろん恋愛も。自分が経験したことは必ずや将来の自分に役立つので、全てのことを大事にしてこの就職活動や学生生活を楽しんで欲しいです。

※2016年インタビュー

先輩たちに聞きました

長谷川 侑里

プロフィール ※2016年2月インタビュー当時
制作本部 第三制作部 制作一課/アシスタントディレクター/
2014年入社/大東文化大学出身
間もなく入社丸2年。アシスタントディレクターとして
企画から放送に至る全ての業務を行う忙しい日々。
以前担当していた「そうだ旅に行こう。」では
日本中で数多くのロケを行い、貴重な経験を積んだ。

長谷川 侑里

エンドロールで流れたとき、この瞬間がたまらなく好きです。

この仕事を私が選んだきっかけは「めちゃイケ」を見ていた時、イスで寝ているADがいて、どれだけ大変なのかと興味を持ったことでした。
イスで寝ることも苦とは思わず、楽しんで番組を作っている人たちの仕事も知りたいと思い、志望しました。
そして自分の好きな番組を多くやっていたこと、ロケ番組が多い、バラエティーを中心にやっている「極東電視台」に目が止まり、いろいろ調べて見ると女性が多い会社なので女性に嬉しいことがあったり、仮眠室、マッサージなど…、何日も家に帰れない状況にあってもイスで寝る以外の環境が整っていること、様々なことを勉強・経験もできると思い弊社を選びました。

実際に仕事を始めると嬉しいことや辛いことが色々とあります。自分が調べたロケ候補地が採用され、出演者に喜ばれた時や放送された時は一生懸命調べてよかったと素直に思える瞬間です。また、今まで旅番組をずっとやっていたため、ロケで温泉に入ること、おいしい料理が食べられることがこの仕事をしていて得してるなと思うことです。
プライベートの旅行にも役立っています。
逆にやってもやっても仕事が終わらないこと。これがキツいです。
1つのことをやり終えても、また新しいことを頼まれたりと、いつになっても終わりが見えずにずっと仕事をしていたことが辛かったです。
それでも自分の名前がエンドロールで流れたとき、辞めないでよかったといつも感じています。辛いことや嫌なこともすべて忘れられるこの瞬間がたまらなく好きです。
この感覚が忘れられずに今も続けてます。笑

最後になりますが、就職活動は自分を見つめ直すいい機会です。
いかにダメで、取り柄がない人間か気付かされ、ダメな部分を痛感するかと思います。
そこからどうやって自分を売り込むかを考え、自分の魅力をわかってもらうために努力をしてください。面接ほど自らのことを時間をもらって話せる機会は他にありません。
納得がいくまで一生懸命頑張ってください。

※2016年インタビュー

先輩たちに聞きました

酒井 甚哉

プロフィール ※2015年1月インタビュー当時
制作本部 第五制作部 制作二課 課長/演出・ディレクター/
2004年入社/山野愛子美容専門学校出身
「進め!電波少年」「あいのり」「リンカーン」など
多くの番組を制作し現在はチーフディレクターとして活躍。
「ネプ&イモトの世界番付」「笑神様は突然に…」を担当。

酒井 甚哉

奥さんが自分の作ったVTRを見て笑っている。やっぱり嬉しいですね。

面白いバラエティーを作りたい、そんな想いを持っていた私がこの会社に入った理由はシンプル。「一番面白い番組を作っている会社」だと思ったからです。
入社してみて感じることは、いい番組を作るために全力でバカになれる仲間たちが多い会社だということ。特にロケものに関しては得意で、多数の番組を世の中に送り出してきています。
ただ大変なことも正直多いです。例えば、私は23歳の時に「進め!電波少年」という番組でカンボジアへ行ったのですが、1ヶ月で他のスタッフと交代する予定が、結局スケジュールの関係で7ヶ月間もカンボジアにいなければならなかったことがあります。
他にも撮影で訪れたタイで昨年流行ったデング熱にかかり、1週間ほど現地の病院に入院したことも。それでも作品が出来上がるとそれまでの苦労なんて忘れてしまうから不思議です。

テレビ番組のディレクターという仕事は、“おもしろいこと”を考える仕事。
しかしそれだけではなく番組を作るうえでのいわば司令塔。番組の企画、出演者との交渉、台本作り、演出などを行うとともに、美術・照明・音声等多数の制作スタッフをまとめ上げ、ひとつの番組を作っていきます。
以前担当していた「笑撃!ワンフレーズ」という番組で、ある戦場カメラマンと出会いました。その時はまだ無名でしたがその方のおもしろさが、私たちの番組をきっかけに世の中に広まり、瞬く間に有名になっていきました。
評価は視聴率という数字で明確に出ますし、責任は重大ではありますが、そうした世の中にムーブメントを作れるのは、この仕事ならではの大きなやりがいのひとつですね。

他にも番組タイトルやコーナータイトルを決める会議では、ダジャレや、語呂合わせを用いることも多く、何時間、長いと何日もずっとダジャレを考え続けているようなこともあります(笑)。
他には、テレビ画面に出てくるコメントスーパーの入れ方なども、どうすれば一番面白くなるか、チームのみんなで編集室で頭を悩ませることも多いです。
華やかに見える一方、泥臭い作業も多いこの仕事ですが、家で奥さんが自分の作ったVTRを見て笑っている瞬間を見た時などはやっぱり嬉しいですね。自分たちが精いっぱい汗を流して作ったものを、喜んで見てくれる人がいる。こんなにやりがいのある仕事って他にはないんじゃないかと思います。

定年まで40年間働くことになるであろう仕事。やるなら面白いと思えることをやらないと続かないと思います。漠然とテレビ業界に憧れを抱いている人は多いと思いますが、新卒で就職活動をする一生に一度の機会ですから、自分はどんなことに向いているのかをじっくりと考えてみてくださいね。

※2015年インタビュー

先輩たちに聞きました

志良堂 ひかる

プロフィール ※2015年1月インタビュー当時
制作本部 第三制作部 制作一課/アシスタントディレクター/
20014年入社/日本大学出身
業界歴1年目の新人AD。NTV「有吉ゼミ」を担当。
沖縄出身のほんわかした雰囲気で周りを和ませ
いつも笑顔で元気いっぱいな愛されキャラ。

志良堂 ひかる

絶対諦めない!諦めたくない!気持ちに突き動かされ・・・

この仕事は“面白い”を仕掛ける立役者だと私は思っています。
私の仕事であるADは、番組内容に合わせて情報を集めたり、ロケの企画をしたり、撮影準備や進行をしたりと、放送されるまでの1から10まで全てに携わることができます。
現在、私が担当している「有吉ゼミ」では教材となる情報を収集したり、使う小道具を選んだり、どの映像を使ったら面白い番組になるかを考えたり、常に頭の中で番組が面白くなるよう組み立てながら準備をしています。
ここがADのセンスが問われるところで、ディレクターが欲しい映像を見つけたときも嬉しいですが、こっそり自分で用意した映像が出演者にいじられると、どんなに大変でも疲れや辛さが吹き飛びますね。

その中でも印象に残っているのが、初めて任された「最新家電を紹介し、芸能人に購入してもらう」企画で、ディレクターからお掃除ロボットがゴミを集める様子が見えるセットを準備して欲しいと依頼を受けました。
透明のアクリル板で卓球台のようなセットを作ることになったのですが、欲しいサイズが見つからず、店員さんからも難色を示されました。
けど、絶対諦めない!諦めたくない!気持ちに突き動かされ、以前お世話になった建築士の方に相談。材料やセットの作り方を教えて頂きました。ホッとしたのもつかの間、大きすぎて運搬ができないというトラブルが起き、ダメかもしれないと思った矢先、先輩からのアドバイス。。。無事ロケを敢行することができました。
セットのおかげで楽しい撮影ができ、内容としても大成功!諦めない気持ちと多くの人の協力でできた経験を大切にしていこうと思いました。知恵が集まれば、無茶なことも実現できるんです!

私は就職活動に「なんくるないさ精神」で取り組んでいました。
人生を左右しかねない就職活動。だからこそ、友人や同期の状況が気になり、妬みや焦りが出てきてしまうこともあるかと思います。そういうときは客観的に自分を見ていました。イヤな奴と気づいたら、その考えはすぐに捨てる。他人は他人、自分は自分。
就活生を同志として意識すると気持ちに余裕が出ますし、“なんとかなる”と考えると冷静にもなれます。これが就活が上手くいくコツだと私は思います。

※2015年インタビュー

先輩たちに聞きました

鶴巻 昌宏

プロフィール ※2015年1月インタビュー当時
制作本部 第一制作部 制作一課/ディレクター/
2007年入社/専修大学出身
NTV「世界の果てまでイッテQ!」「ニノさん」を担当。
「イッテQ!」では4年間のAD経験の後ディレクターに。
現在は「ロッチ中岡のQチューブ」という企画を担当。

鶴巻 昌宏

テレビの面白さを知ってしまったから。辞めなかった。

去年の年末は特番を含め色々な番組を同時進行で行っていました。
ただでさえまだ半人前なので先輩達に迷惑をかけながらやっていて、それでも人生で一番必死に生きた3か月間でした。

そんな中でも年末31日にTBSで放送された大型生番組「KYOKUGEN」でフロア(スタジオ進行)をした際に、この業界に入る前からの憧れ“ビートたけしさん”とお仕事が出来たのは本当に嬉しかったです。

もともとネガティブで打たれ弱いので。。。辞めたいと思ったこともあります。
決まった時間で働き自分の時間が持てる業種をうらやましく思ったり、自分には天才的な才能は無いと気づいた時など「もう少し楽な人生があるんじゃないか?」と仕事を辞めたくなることも。。。
けど辞めなかったのは、テレビの面白さを知ってしまったからです。
他の人が経験出来ない事に携わったり、くだらない事を必死に考えたり。
こういう「面白い事」を続けたいと思ったから辞めなかったんだと思います。

元々は単純にテレビが好きだったから始めたこの仕事で、学校から帰ったら、塾から帰ったら、食事中も寝る前も、何をしててもずっと見ていたテレビを、いつの頃からか自分で作りたいと思うようになり仕事として選びました。
うちは代々八百屋の家系だったので、当時おじいちゃんは残念がっていましたけど、自分のやりたい事を選んでよかったと思っています。

今後40年の皆さん人生を決めるというのは簡単な事ではないと思います。
どんな職業でも大変な事はあるし、辞めてしまう事もあるでしょう。
だからもし悩んでいる人がいるのであれば、「憧れ」や「かっこいい」だけで一歩を踏み出すのもいい事だと思います。
テレビ業界はそれが情熱に変わる素敵な仕事だと思います。

※2015年インタビュー

先輩たちに聞きました

牛山 亜紀子

プロフィール ※2015年1月インタビュー当時
制作本部 第一制作部 制作二課/ディレクター/
2010年入社/愛知淑徳大学出身
昨年ディレクターデビューを果たした新人D。
極東TVの海外研修番組「気になる上海」がD初挑戦!
NTV「笑神様は突然に…」の『鉄道BIG4』などを担当。

牛山 亜紀子

「あ、もしかしてこれが自分の強みなのかな?」

私は今、日本テレビ「笑神様は突然に…」でディレクターをしています。
ロケ番組なので、ロケの企画を考え、ロケを行い、編集するのが主な仕事です。

ディレクターになって初めての社外での仕事が、『鉄道BIG4』という鉄道好きの芸能人が集まり全国各地の鉄道に乗車するという企画のロケでした。
番組開始当初からの人気企画でもあり、すごくプレッシャーを感じていました。
ロケ前日はまったく眠れず、正直ロケもどう回していたのか覚えていないくらい緊張していました。VTR編集は何度も何度もチーフディレクターや演出の方からのダメ出しを受け、半泣き状態…というよりも泣きながら毎日オフラインしました。
なんとか出来上がったVTRを見てMCの内村さんや他の演者さんが笑ってくれた時、嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちでした。
テロップ1枚1枚のタイミングや書体を考えて入れたVTRを見て笑ってもらえるのは本当に嬉しいです。

最近、番組演出に「牛山の作るVTRは、テロップが女性らしい」と言われました。
最初は「番組のテイストと合っていないのかな?」とかなり焦りました。けれど、「男性には無いセンスだから、どんどんやっていいよ。」と言われ、「あ、もしかしてこれが自分の強みなのかな?」とすごく嬉しかったことを覚えています。

このテレビの世界は「男性が多い業界だから…」とか「体力が必要そうな仕事だから…」のような女性ならではの不安があるかもしれません。
しかし、極東電視台は他の制作会社と比べて女性が多い会社だと思います。
不安や悩みにアドバイスできる女性社員もたくさんいます。
少しでも気になったら極東電視台を受けてみてください。

※2015年インタビュー

先輩たちに聞きました

新目 美菜海

プロフィール ※2015年1月インタビュー当時
制作本部 第四制作部 制作二課/アシスタントディレクター
/2013年入社/立教大学出身
まもなくAD3年目。担当はTX「モヤモヤさまぁ〜ず2」
仕事以外にも社内での映像コンテストなどで
新人ながら上位を獲得したり、海外研修でも大活躍。

新目 美菜海

こんなにも考えることがたくさんあるのかと衝撃を受けました。

昨年とても印象に残っている仕事があります。
それは初めて1人でロケに行ったことです。
テレビ東京で放送していた「坂上目線」という番組で、ディレクターのスケジュールが合わず、私1人でタレントさんがやっているラジオブースにロケに行ったんです。
ディレクターの仕事をいざ自分でやるのは予想以上に大変でした。
いつもディレクターのそばで見ているはずなのに・・・
マネージャーさんやタレントさんとの打ち合わせ、カメラの回し方・・・
こんなにも考えることがたくさんあるのかと衝撃でした。
ADはディレクターの補佐をするのが仕事ですが、自分がいつかディレクターになるということを考えながら仕事をしなくてはいけないなとその時知りました。難しかったですが、ディレクターになった気分で作業するのはすごく楽しかったです!

そんな私の就職活動のときの思い出を一つお話させてもらうと、私はテレビの会社だけを受けていたわけではありませんでした。
実はいわゆるOL的な仕事をするような会社にも内定を頂きました。
そして、極東電視台とその会社、2つの最終面接で実は号泣しています(笑)
それほどどちらの会社にも想いが強かったからでしょう・・・
恥ずかし過ぎてあんまり覚えてないですが・・・。
だから本当のことを言うと、極東電視台に入るかどうか結構悩みました。
それでも、テレビを、極東電視台を選んだのは、最終的に「憧れ」だったからなんだと思います。
辛いことも多いかもしれないけれど、なんだかたくさん楽しいことがありそうって思ったからなんです。実際会社に入ってみて、予想していた通り帰れない日もあるし、プレッシャーに押しつぶされそうな時もありますが、それを楽しくするのは自分次第なんだろうなと思っています。
「憧れ」があれば頑張れると私は思うので、テレビが好きで、楽しいことがしたくて、こうなりたい!っていう憧れがある方には、ぜひ仲間になって一緒に頑張ってほしいと思います。

※2015年インタビュー

先輩たちに聞きました

山井 貴超

プロフィール ※2014年2月インタビュー当時
制作本部 第四制作部 部長/演出・ディレクター/
2009年入社
フリーのディレクターを経験し、中途入社で極東電視台へ。
ディレクター暦は13年。
演出という番組全体を仕切る重要なポジションでありながら
制作本部第四制作部の部長としても活躍する。

山井 貴超

田舎の友達が自分が作る作品を楽しみに見ていると言ってくれたこと。

私は「ネプ&イモトの世界番付」「有吉ゼミ」「ニノさん」現在それぞれの番組のディレクターで演出をしています。
ディレクターのやりがいはなんといっても、自分が考えたプランがどんどん形になっていくこと。台本を作り、タレントと収録やロケをし、その素材を編集で思う存分に仕上げる。良い作品が完成し、それを多くの人に視てもらい視聴率が良かったときは最高にハッピーです。

以前、直径7mの巨大風船を作り、その中にタレントさんを入れ飛ばすというロケにチャレンジしました。
安全面には細心の注意をはらったものの、風船が上空に上がるにつれ、もし穴が空いたら?などと不安がよぎり、かなり緊張しながらロケをまわしていたのを覚えています。
国民的アイドルを活かすも殺すも、ロケや編集がうまくいくかどうか。
納得いく台本を作り、準備も万端でロケに望み、無事成功。
編集もこだわって仕上げました。
これまで様々な企画に携わりましたが、印象深いものです。
プラスそのロケの最中に子供が産まれ、みなさんに祝福を頂いたことは今でも思い出の1ページです。

そんな私は現在の上司に「力になってくれ」と誘われ極東電視台に入社にしました。
フリーのディレクターをしていた時に様々な会社と仕事をした中で、特に極東電視台は活気があり元気な会社だと感じていました。
正直「やりがいがない」「ドキドキしない」番組は多くありますが、極東電視台が手掛けている番組は「おもしろい」ものがほとんど!縁あって入社してみると、まずそのビジョンの高さに驚かされました。
技術部、車輌部などテレビ業務に携わる部署から、
インターネット事業から海外事業に至るまで、将来性を見込めるものにも邁進する。会社自体が面白そうなことにチャレンジするのは極東電視台の魅力だと思います。現在、私が入社した時の30倍くらいは勢いがあります。
みんながヤル気に満ち、盛り上がっている…極東電視台の良い所だと思っています。
テレビ業界で一人前になるには、個性を磨く事も大事、センスを養う事も重要。でもまず必要とされるものは一般常識です。そして元気な挨拶ができる事、急なロケにもすぐ出発できる瞬発力や徹夜作業にも耐えられる忍耐力も重要。挨拶ができなかったり、世間を知らなすぎる人、忍耐力の無い人は正直ムリ。
心してテレビ業界の一人前を目指してください。

※2014年インタビュー

先輩たちに聞きました

田場 亮耶

プロフィール ※2014年2月インタビュー当時
制作本部 第一制作部 制作二課/アシスタントディレクター
/2013年入社/筑波大学出身
AD一年目の新人AD。
レギュラーでは地上はだけでなくBeeTVの番組を担当、
その他にも数多くの特番で経験を積み、
現在はNTV「笑神様は突然に…」で忙しい日々を送る。

田場 亮耶

アシスタントディレクターは常に自分の仕事を探す。

私は入社して4か月目に初めてロケの仕込みをまかされました。
それまでは先輩達の仕事を手伝っているだけだったので、自分が中心となって動けるのが嬉しく意気揚々としていました。しかし、実際の所は想像していた以上に大変な仕事で、撮影を断られ続けるたびに半べそをかいていました(笑)
自分が撮影場所を見つけられないと話が次に進まない。
撮影の期日が迫るなか、そのプレッシャーに押しつぶされそうにもなりました。
無事ロケが終わってもそこから怒涛のような編集作業。
寝れず帰れずの日々もあるなかやっとの思いでたどり着いたOA。
自分が見つけた場所で撮影が行われ笑いが起き、全国の人達が見てくれている。
この喜びは決して他の業界じゃ味わえない最高の感動だと思います。

このように実際大変な仕事ですが刺激も多く新鮮な毎日を過ごす事ができます。
常に吸収し、常に「おもしろい」ことを考える。
それがこの仕事をするうえで1番重要な事だと思います。

昨年就職活動中だった私は極東電視台のHPを見た時に『仕事の依頼は断らない』という一言に心を奪われました。
今実際に入社して仕事の内容を見ていると、NHKや民放、携帯配信の番組までも扱っており、この先どんどん変化して行くであろうテレビ業界を常に先取りし超えて行こうとする姿勢は他の制作会社には無い魅力の1つだと思います。
それを支えているのは、どんな仕事が入ろうと常に真剣に向き合おうとする会社の先輩方であり、そんな人間に自分もなりたいと思い極東電視台を選びました。

就職活動をしていると様々な情報が入ってきて、自分の将来に不安を感じ、迷いが生じる事も多々あると思います。しかし、その迷いが自分自身を1番に成長させてくれる材料だと思います。
納得の行くまでそのモヤモヤと向き合いましょう。最終的に決めるのは自分自身です。

※2014年インタビュー

先輩たちに聞きました

首藤 光典

プロフィール ※2011年9月インタビュー当時
制作本部 副本部長/ディレクター/
現在『今、この顔がスゴい!』の演出を勤める一方、
他番組ではプロデューサー業務も行う制作本部副本部長。

首藤 光典

つねに面白い事を考えながら生きていける面白い仕事。
さらに刺激的なことも・・・

バラエティー番組を制作しながら作家と面白い事を考え、出演者と面白い事を考え、最後は一人編集で面白い事を考えています。面白いというのはただ笑うということではなく、ありそうでなかった誰も作っていない番組を作るということ。
例えば「グルメ番組」。
最高の食材を使う番組はある⇒ならば最高の料理を出す番組…それもある
⇒ならば最高の料理人が作る番組・・・それもある
⇒ならばいっそのこと食べる側を空腹にして美味しさを伝えよう
⇒空腹にするなら無人島で撮影しよう・・・と、
グルメ番組がいつしか過酷な番組になっていく。
つねにこんな事を頭の中で考えながら生きていく面白い仕事です。

もちろん毎日楽しみ笑いながら仕事ができるのはテレビ番組制作の魅力だけれど、それ以上に魅力なのは様々な人、場所、職業に触れられること。
取材を通じて出会う刺激的な人、垣間見る人生。取材でなければ入れない、見る事ができない場所。そして漠然とイメージしかない職業も取材を通じてその魅力を知る事が出来ます。テレビ制作をやめたらあそこで働こうとか、あの人を訪ねてみようとかワクワクしながら考えられるのは他の仕事ではなかなか無いこと。そんな刺激があるからこそ、世間から辛いと言われるテレビ番組制作に満足感を得られ長年飽きもせず続けているのだと最近痛感しています。

そして、「会社のために頑張る!」というのは一昔前のこと。
今は「自分のために頑張る!」が集合して会社が成長していくのだと思います。極東電視台は個のやりたい事を尊重してくれることが何よりの魅力です。
自由にやらせても結果を出すと信頼を得られれば時間や仕事量などにまったくしばりが
ありません。個人プレーが苦手な人でも社員、部署が多いのでどこかに自分の居場所ができるはず。

※2011年インタビュー

先輩たちに聞きました

大場 剛

プロフィール ※2011年9月インタビュー当時
制作本部 第三制作部/ディレクター/拓殖大学出身
大学卒業後、数ヶ月間アメリカを放浪。
帰国後、放送作家見習いを経てディレクターに。
現在、第三制作部副部長。

大場 剛

ディレクターはモノを作る職人さん。しかも技術だけあってもダメ!

現在『世界番付』(日本テレビ系列)、『サタネプ』(TBS系列)、『イラっとくる韓国語講座』(テレビ東京系列)というゴールデンから深夜3時半の番組まで手広くを担当しています(笑)
どれも個性が強い番組ですので、行く先々で出演者やスタッフから常に新しい刺激を受けられるのが魅力。
特に『韓国語講座』は次長課長河本さんとほぼ2人で韓国の様々な場所を旅する番組なのですが台本はゼロ。行き先はその時の気分次第というノープランロケは常にハプニングの連続でいつもハラハラドキドキしてしまいますが、その現場の空気を視聴者の皆さんにも伝えられた時に得られる充実感は、ディレクターでなければ味わえないモノだと思います。

駆け出しの頃からコント番組などお笑い番組を担当する事が多かったせいか現場で見せる芸人さん達のプロの仕事には毎回、感動させられています。“笑い”が勉強になるのはこの仕事ぐらいしかないと思いますが(笑)
とんねるずさん、さまぁ〜ずさん、今田耕司さん、ネプチューンさん…そんなお笑いのトッププロ達との仕事一つ一つが今の私の財産になっています。

ディレクターという職業はモノ作りをする職人さんと同じで技術だけあってもダメ。今のテレビ番組作りには必ずその人ならではの個性が必要になってくるんです。
現在、テレビ番組の制作会社は数多くありますが極東電視台は、その中でも人それぞれの個性をとても大切にしてくれる会社だと思います。
自分は何が得意で自分には何が出来るのか?そしてどんな番組を作りたいのか?そんな明確なヴィジョンを持つ社員達の個性を会社は最大限にバックアップしてくれます。
何か新しい事にチャレンジしたい!自分オリジナルの企画を実現させたい!
そんな人にはぴったりの会社だと思います。

※2011年インタビュー

先輩たちに聞きました

中野 テツジロ

プロフィール ※2011年2月インタビュー当時
制作本部 第三制作部/ディレクター/2006年入社/
成蹊大学出身
新卒で制作会社に入社、その後、フリーとなる。
2006年に極東電視台入社。
入社したきっかけは、社長と仕事をしたのがきっかけ。

中野 テツジロ

しんどいことの方が多いのに、好きだから今でもやめずにいるんでしょうね。

『モヤモヤさま〜ず2』(テレビ東京系、以下「モヤさま」)、『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ系列)、『発見!わくわくMY TOWN』(東海テレビ)などのディレクターを担当しています。
なかでも『モヤさま』は、思い入れのある番組です。”何でもない街で行うロケ”、”1がないのに、2とつけたタイトル”、”字幕読み取り機を使ったナレーション”など、実験的にこれまでやったことがないことに挑戦できたのは嬉しかったですね。
ただ、『モヤさま』のように、自分がやりたいことをやれるというのはどちらかと言えばレアなケース。番組の演出方法や方向性を決めるのはディレクターなのでやりたいことに挑戦するには、まずはディレクターになることが何よりも重要です。
ADからスタートして、チーフAD、ロケディレクター、ディレクターへとポジションをあげ、さらに実績を残して、周りに信頼してもらう。そうやって、やりたいことに挑戦できる環境を作っていくんです。

僕が仕事をする上で意識していたのが、相手が何をして欲しいかを考え、その期待を少しでも上回ること。
例えば、AD時代はタバコの買い出しでもディレクター毎に吸っている銘柄を覚えておいて、言われる前に買っておきました。ディレクターには「指示以上のことができる奴…」という印象を残せますし、買い出しに行っていた時間が企画を考える時間に変わりました。任された中でどれだけの仕事をできるかで評価されるので、常に指示以上のことをするよう心掛け、求められたらすぐにアイデアを出せるようにしていました。
また、トラブルを想定して仕事をすることも心掛けていたことです。
例えば、ロケをしないと成立しない企画では、雨が降ってしまえば撮影できません。想定外のことが起きたので、撮影出来ませんでした…では許されない世界。雨の場合でも及第点の番組が撮れるように、トラブルを想定して企画を考えることが大切なんです。

もちろんディレクターになれたからといって、面白いことばかりではありません。
番組を作っている時は、むしろ苦しいことの連続です。
企画会議で企画を捻り出し、ロケの準備をして、台本を書き、撮影の段取りを組んでいく。その後に撮影・編集をして、ようやく番組ができあがっていくんです。
頭と体を限界まで使うので面白いと思えるのは、だいたい番組作りが終わった後。
それでもこの仕事を続けているのは、自分のやりたかったことを実現できた時の達成感が何ものにも代えられないから。
もう何年もこうしてディレクターをしていますが、挑戦したいことがまだまだ山のようにあるんですよ。

※2011年インタビュー

先輩たちに聞きました

立澤 哲也

プロフィール ※2010年2月インタビュー当時
制作本部 第一制作部/ディレクター/2004年入社/
前職:ホテル・ギャルソン
「世界の果てまでイッテQ!」の名物企画
「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」の企画から携わり、
4年間専属のディレクター。

立澤 哲也

好きなことをとことんやれるこの仕事が楽しくて仕方ない。

『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系列)という番組で宮川大輔さんと一緒に世界各国の「祭り」をまわっています。
同じ企画でもロケによってスタッフが変わることが多いんですが、「祭り」のロケに関しては常に同じメンバー。危険が伴うため、宮川さんと信頼関係が築けているメンバーでまわっています。
海外ロケは月に1回、約1週間にわたります。
メキシコの「鳥人祭り」ではビル12階の高さに相当する鉄柱に命綱なしで登ったり、エストニアの「キーキング祭り」では5mの巨大ブランコを自力で一回転したり…宮川さんには体を張ってもらっています。
何が起こるかわからない現場なので、事前に宮川さんがどこに気をつければいいかを入念にチェックし、万が一怪我をしたときのために病院を手配するなど、あらゆる状況に対応できるようにしています。
無事に成功したときは極度の緊張感から一気に開放されて、スタッフ全員で号泣したこともあるんですよ。

「祭り」の撮影は本番一発勝負なので、台本を用意するわけにもいきません。
面白いVTRにできるかは編集にかかっています。
ロケから帰って来たら10日くらい編集室にこもり、まずは、VTRの流れを下書きします。その後、25分のVTRを作るのに、丸2日かけて編集。テロップひとつで、面白くもつまらなくもなります。ひとつのシーンでも、何パターンも試行錯誤するので時間はいくらでもほしい。でも放送に間に合わなくなるので、睡眠時間はどうしても1、2時間になっちゃいます。
ナレーションや音を入れてできあがったVTRは、まずロケに一緒に行ったスタッフに見てもらうようにしています。「面白くない。」って言われたらどうしようという不安は常にありますが、スタッフの反応がいいときは、すごくうれしいです。
テレビで放送された後、「面白かった!」という番組BBSの書き込みや視聴率という形で、「次の企画、また頑張るぞ!」という力をいただいています。

今や番組の名物企画になり、ロケをした祭りは30か所以上。嬉しいことに、週間視聴率1位も取りました。それゆえに、より面白いものを視聴者のみなさんに届けなければ、というプレッシャーも半端ないです。
周りからは「大変な仕事だね〜。」と、よく言われますが、僕にとっては好きなことをとことんやっているだけなので、毎日が楽しくて仕方ない。これからも、自分が作ったVTRが翌日の会社や学校で話題になることを目指して、日々努力を続けていきます。

※2010年インタビュー

先輩たちに聞きました

島袋 亮太

プロフィール ※2010年2月インタビュー当時
制作本部 第一制作部/アシスタントディレクター/
2010年入社/北九州市立大学出身
沖縄出身。小さい頃からテレビっ子で、テレビ番組、
特にバラエティを作る仕事以外は考えられなかったというのが
志望動機。

島袋 亮太

最高の番組が作れるなら、地味で面倒な作業も苦労だとは思わない。

これまでの仕事で一番印象に残っているのは、配属されてすぐに担当した福島県塙町でのロケ。200年前から行われている「おすわさま」という伝統行事で、祭り装束に身を包んだ男たちが130戸ある民家をまわって、町民の無病息災を祈願していくお祭りです。土足で走り抜けていくので、家の中は泥だらけ。それでもその日だけは神様として扱われ、笑顔で迎えられるというのです。

塙町の町役場に勤務する視聴者から投稿をいただき、「是非これは絶対に映像にして放送したい!」と思いました。
すぐに投稿者と連絡をとり、お祭りがいつどこで、どうやって行われるのか、撮影許可はどこに取ればいいのかなど、必要な情報を収集・確認しました。地道な作業ですが、ADの仕事はこうしたロケや撮影の準備が中心。ネタのリサーチからロケの仕込み、スケジュール調整をして、撮影当日にディレクターがスムーズに撮影できるよう段取りを決めていきます。撮影はここで組んだ段取り通りに行われるので、いい映像がとれるかはADの仕込みにかかっているといっても過言ではありません。特に今回のように、その日限りで撮りなおしのきかないものの場合は尚更です。

そこで事前にルートを調べ、どこにカメラを設置し、撮影すればいいのかまで決めておきました。
通常ロケではディレクターが一人で撮影に行っていましたが、今回は同時に複数のカメラで撮影する必要があると判断し、外部のカメラマンさんにも協力を依頼。ディレクターさん、カメラマンさん、カメラマンのアシスタントさん、自分の4人でロケに臨みました。
当日は天気も良く、町役場の方たちの協力もあって撮影は順調に進み、躍動感ある映像が撮影できました。番組の性質上、撮影後に企画自体がボツになることもあるため、予定通り放送できた時には、それまでの苦労を一瞬で忘れてしまうほど嬉しかったのを覚えています。番組内でも “MV珍”(MVPのようなもの)に選ばれ、協力していただいた町の皆さんにも喜んでもらえました。

テレビ業界というと華やかな世界をイメージする人も多いと思いますが、ADの仕事は本当に地味で、面倒なことの連続です。しかもたった数分の映像・企画のために、何日もかけて準備することも珍しくありません。それでも、最後には最高の番組ができて多くの視聴者が喜んでくれるなら、地味で面倒な作業も僕にとっては苦労でも何でもないんです。

※2010年インタビュー

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